‐彼と彼女の恋物語‐
瞳の奥のさらに奥を覗くように見つめて数秒、彼女とのわずかな距離が、ゼロになった。
ぽす、という軽い衝撃とともに倒れこんできた小さな身体。頭より先に動いたのは身体で彼女を咄嗟に抱き締めていた。
「コト……?」
彼女が肩口に顔を埋めるので腰がやばい。と、少しばかり悩んだが抱き上げることにした。
「……敬さん」
耳元で聞こえるのは掠れた甘い声。それに誘われるようにして彼は彼女の頬に唇をそっと寄せた。
「コトは甘えん坊だね」
くすり、漏れたような微細な笑みに反応した彼女が顔をあげると鼻先がつくほどの至近距離にある。
「……ねむ…い…」
しかしその甘い雰囲気にそぐわない台詞にでた笑いは苦笑に変わる。
「そうだね、もう寝ようか」
カウンター越しにダイニングにいる二人に視線を向けると相当酒に強いらしくまだ酔ってはないらしい。
「熊谷さーん、もう寝るからね」
「なに、小音ちゃんダウン?」
「眠いって、とりあえず後はよろしくね」
「あいよ、布団は適当に出しとくから」
呑むとわかって車で来るふたりは大概よるに来ると泊まっていくため布団が常備されていたりするのだ。
腕のなかの彼女はとろんとした眠そうな目で大人しく頭を預けているので彼はゆっくりゆっくり、まるで夢の中へと誘うように寝室に運んでいく。
彼女は長い睫毛を下ろす。
「ほんっとに好きですよね、二人とも」
「好きじゃ収まらねーよ、あいつらは」
酒飲み二人の言葉など知らずに。