‐彼と彼女の恋物語‐
一物語。
「先生、起きてください」
広すぎるマンションの一室に静かに発せられた声音は心地良いほどに感情が籠ってない。
現在の時刻は朝の7時40分。
普通の社会人なら既に家を出ていてもおかしくない時刻だが、普通ではない彼女の雇い主は未だベッドの中でその微睡みをさ迷っている。
しかし、その姿だって1ヶ月間毎日見ていれば対応方法だって自ずとみえてくる。
彼女からしたら無意識的な冷たい声が唇から滑り落ちる。
「いらないんですか、朝ごはん」
それに敏感に反応する膨らみは籠ったような寝起き独特の掠れたテノール。
「―――…いるよ」
「なら、顔を洗ってきてください」
「んー…、わかった」
本当にわかっているのか。来たばかりのころは感じた思いも今では消え失せた思い。
彼女は彼がこれから自分の後ろをゆっくりと付いてくるのを知っているから迷いなく踵を返す。
キッチンに行く途中、足音は荒々しい水音にかわる。