‐彼と彼女の恋物語‐
幸せ物語。
カタンッ…小さな物音と焦ったような声音に掛けていたそれをキーボードの上に置いた彼は、開けっ放しのドアからリビングへと足を進める。
対面式キッチンの奥、いつもなら冷静に素早く対処するであろう彼女が割れた食器を見つめながらしゃがんでいた。
しかし、足音に気づいたのかハッとしたように振り向く。
「コト…?体調でも悪いの?」
小さく首を振った彼女は、ごめんなさい、いま片付けます。と瞳を伏せ立ち上がろうとする。
しかし、すぐにそれを制するように彼が彼女のわきへと手を伸ばしそのまま抱き上げてしまう。
「あ、の、敬さん…食器、片付けるのでおろして…ください」
語尾が徐々に小さくなっていくのは彼が有無を言わせず歩いて彼女をソファーに座らせたから。
「疲れてるのかもしれないね。気づいてあげられなくてごめん、片付けはやっとくから休んでて」
「大丈夫です、お仕事の邪魔してすいません」
「いいから休んでて、今日は夜食べに行こう」
「………ごめんなさい」
「違うよ、コト」
「…ありがとうございます」
「ん、いい子」
ぽん、と小さな頭を撫でた彼はキッチンへと向かうとテキパキと割れた食器を片付けていく。
最近、ここ一週間くらい、彼女の様子がおかしいことには気づいてた。
夜にはやけに不安そうな顔をしているし、ぼーっとしていることも少なくないから今みたいなことは多々。
その度に聞き出したい気持ちと彼女の言いたくなさそうな雰囲気の攻防戦で今のところ何も聞けていない。
何かあったことは彼の中では確定しているがそれがなんなのか、全く以て見当がつかないのだ。
思わず出そうになったため息を飲み込んで綺麗に片付けられたことを確認してそこを離れると、視界に入るのはソファーの上で膝を抱えている彼女。
「ーーーコト、熱はないね」
体調が悪いのか、なんて考えはここ一週間毎日確認していることによって打破される。
「ぼーっと、してたんです。ごめんなさい」
「いや、最近手伝ってあげられなかったからね。今日はもう何もしないでいいよ」
膝を抱える彼女を脚の間にいれるようにして抱きしめる彼は彼女の身体が冷房によって冷えてることを知る。
「ああ、こんなに冷えちゃって、寒かったら言ってよコト?」
「そういえば、……寒いです」
「……(相当だな)」
ソファーの背もたれに掛けられているブランケットを広げ、彼女の小さな身体をそれごと抱きしめる。
「……敬、さん」
「ん?」
「あの、好きです」
「…ありがとう。好きだよ」
「……ーーーー」
綺麗な茶色で縁取られた瞳がじっと、何かを探るように見つめてくる。微笑めばまつ毛を伏せる。
その、心を乱す不機嫌な猫のような態度に一抹の不安を覚えながらも、無理強いはいけないと、ただ静かに髪を撫でた。