‐彼と彼女の恋物語‐
まだ日がさしている夏の夕方は明るみがありアスファルトは熱をもっている。
その道を帰路として歩くのは仕事が早く終わり後は家に帰るだけの彼女。
見慣れたアパートの階段を上がり一番奥の扉に鍵を挿す。
女性の独り暮らしにしては簡素すぎるその部屋にはシングルベッドと小さな冷蔵庫、それに服の入った段ボールが隅にあるだけ。
履き慣れたスニーカーを脱ぎ捨ててそのままの脚でベッドに身体を沈ませる。
「先生………」
彼の家で働き初めて1ヶ月、家に帰ってきても考えるのは彼のこと。
ちゃんと仕事してるのだろうか、熊谷さんを困らせてないだろうか、無理してないだろうか。
そう思う感情がなんなのか気づかず、否、気づかないふりをして。ただ大きくなる想いに目を伏せる日々。
昔、何かの本に書いてあった。
『恋が愛になるには二人が必要』
だと。
だから、だから。
「(あたしは恋をしてはいけない
ひとりだから)」