‐彼と彼女の恋物語‐
ああ、そうか。眠いんだこのひとは。と、理解するまでに数秒を要した。
「…、……お一人でどうぞ」
少し上ずった声に自分自身が身体を震わせる。なのに彼は意地悪く口の端をあげて。
「だいじょーぶ。襲ったり、流れでなんてこと、絶対ないから」
「っ、……ちが、」
「お願い、コト」
「……、ご飯は?」
「後で一緒に食べよ」
「でも、センセ…先生…」
ゆっくりとまるでスローモーションのように迫る彼の胸元。それに諦めたように息を吐く。
背中に回される腕と好みの香りに何故だか涙がさそわれるが喉のとこで止めておいて。
「コトがいないと、苦しい」
「っ………、わか」
「ありがとう」
彼のか細い声に、彼女は戸惑いながらも答えを導き出す。それを遮り華奢な身体に顔を埋めて香りを確かめる彼。
「(コトだ。早く寝よう)」
音もなくその身体を抱き上げる彼は足取りだけが怠惰でしっかりと腕を彼女に巻き付けている。決して放さないように。消えないように。