‐彼と彼女の恋物語‐
キッチンでコーヒーを2つ用意してそれをテーブルにあるまだ十分に温かみのある食事の横に置く。
と、ゆったりとした足音に釣られるように顔をあげた。
「(しまった)――…っ」
くるりと反転する身体は力をいれる暇など一切与えてくれない。
ああもう、なんて考える頭を大きな手で引き寄せられて、まだ眠気の温かさが残る胸に頬が当たる。
先に口を開いたのはもちろん彼だ。
「おはよう、―――…コト」
酷く大切そうに呼ばれた自身の名に喉の付け根がきゅっとなる。
「―――…離してください」
「おはよう」
「……おはようございます」
つい、ため息が出そうになるのを寸で止めて唇を噛む。
今日もやられてしまったこの行為はつい1週間ほど前から。
隙を見つけてはやってくるものだから、急なことに対応を思案中である。
『抱き締める』という言の葉の通りに長い腕を背中にゆったりと当て意味を忠実に守る彼。
「先生、」
「なに?」
「離してくださ…い」
クスクスと笑うその唇には傷などない。言葉が不本意にと途切れたのは綺麗な顔のせい。
あまりにも近すぎて眉を潜めれば彼も同じことをして、笑う。
馬鹿にしてる、と冷静に感じたがもう知らないとその瞳を伏せる。
と、ふいに抱き締める力が増す。
「スキだよ」