‐彼と彼女の恋物語‐
二物語。
「じゃあ、行ってくるね」
「気をつけて」
「寂しくて泣くなよ」
「行ってらっしゃい」
「ほら、ここにキスして」
「時間大丈夫ですか?担当の人呼びましょうか?」
「……………」
「気をつけて」
よく似合う服も着て、綺麗な靴も履いて、車の鍵だって持って準備万端の彼は何故か玄関からでるのを渋っていた。
時刻は10時少し過ぎと、余裕はあるがこのまま渋っていたらきっと怖い笑顔を張り付けた担当者が乗り込んできてしまう。
それだけは避けたい。
「先生…」
「コトも一緒に行こ」
「仕事があります」
「いいよしなくて、ね」
「(なんなんだこの雇い主)」
「コト、お願い」
締め切り前にも関わらず呼び出されるのは何かしら理由がある。
しかし彼女はそんなものに興味など毛頭無く、どうすれば目の前の雇い主を追い出せるかと知恵をしぼっていた。
「コト…」
「待ってますから、行ってらっしゃい」
「―――…行ってきます」
一瞬、目を見開いた彼はくるりと身を翻してそれを開けた。
バタン、と背後でドアが閉まったことを確認して長い息を吐いた。
「ああもう、ほんとに。可愛すぎだって…」
部屋にいる彼女に、そんな声は届かない。