‐彼と彼女の恋物語‐
ほか数冊も同じようなもので、何故か虚無感に襲われる。なのに、愛しさが募る。
人間は、酷く厄介だ。
こんなにも心がけざわついているのに、肝心なことにはどうも辿り着きそうにはない。
ぽたぽたと紙面にシミをつくるそれ。慣れてない彼女は止めかただってわからない。
「せんせ……っ」
彼がいないと、涙だって止められない。
エプロンに水玉模様がついていくのを黙って眺める。
ピンポーン。
と、エプロンについた黒猫の刺繍が湿ったとき。妙に目立つその音が鳴り響いた。
それによって一気に現実味を味わう。わたしは、ハウスキーパーだ。
急いで雑誌を紙袋に詰め込んで立て掛けると下のロビーに繋がるオートロックのボタンを押す。
「………はい」
「あ、お手伝いさん?敬さんいるかしら」
―――綺麗な、女性の声だ。