‐彼と彼女の恋物語‐
まだ若干の青がのこる八割藍色の夜空の下を肩を並べて遅めにゆったりと歩く。
繋がれた手には温度差があり、夏だというのに彼女の指先は冷たい。冷え性だ。
微風に揺れ動く色素の薄いそれからシャンプーの香りがして、一瞬だけ彼が戸惑ったように歩みがずれる。
「先生?」
「つまづいちゃったみたい」
「気をつけてください」
眉を下げて笑った彼に少しだけ心臓が跳ねた。が、すぐに冷や水を浴びたみたいに沈静化される。
彼女はずいぶんと感情のコントロールが上手くなったようだ。
短い会話が終われば空気は微小に固くなる。しかしそれを許さない彼が僅かな壁をぶち壊す。
「コトの家の周りにはさ、何があるの?」
「家の、周りですか」
「うん。コンビニとかー、あと料理屋さんとか」
「………コンビニはあります。割かし大きめの」
「後は?」
その問いに彼女は微細ながらも眉を寄せて、息を吐き出した。
「あんまり外出ないんです、“普段”は」