‐彼と彼女の恋物語‐
野上敬と山下あずさの熱愛報道が日本中に知れ渡って早、3日が経とうとしていた。
彼のマンションには連日マスコミが押し寄せていて、ハウスキーパーはわざわざ裏口から入らなければならなくなった。
彼女は報道や仕事内容の多少の変更については一切の説明を受けていない。彼の判断で関係ないと割りきられていたんだろう。
それどころか当事者である彼は熊谷さんが来たあの日から、一度も家に帰っていなかった。
そのおかげか、今朝はマスコミの数が少しだけ減っていた。
しかし、ハウスキーパーであるはずの彼女は彼がいない為、3日間、白猫の世話だけをしに来ていた。
「(また、ひとり)」
人気のない見慣れたリビングで思うのはもう何度目だろうか。数えるのでさえ億劫になるほど繰り返している。
「(もう、私は必要ない)」
時刻は19時。定位置に置いてあるミーヤの多めのご飯と水を確認して部屋の鍵を手にする。
そしていつもはない“それ”もちらりと確認。
「(大丈夫、全部書いたはず)」
小さく吐き出されたため息を合図に、彼女は踵を返して足早に玄関へと向かってスニーカーに足を突っ込む。
彼女は逃げるように素早く扉をあけてすぐに閉める。鍵穴に鍵を差し込んで施錠を確かめる。
そのままの足取りで呼び寄せたエレベーターに乗り込んでさっさと警備員の立つそこを去る。
そして通いなれたフロントに並んだポストのひとつに
鍵を、投げ込んだ。