エゴイストよ、赦せ
「あのさ、俺は君の名前も知らないんだけど?」


彼女の背中に向かってそう言うと、彼女はクスッと笑った。

なんなんだ、と思って彼女の隣に並んで横顔を見ると、彼女は笑いをこらえようとしていた。

彼女が顔をこちらに向けたので、僕は「何?」と問う。


「だって、さっきから……、フフッ。『君』だって」


そんなに可笑しいだろうか? 

少し恥ずかしくなる。


「あのねぇ……」


僕がそう言っている間も、彼女は材料を吟味し、僕が持っている買い物かごに次々と品物を入れていく。


「ちょっと、これ多くない? じゃがいも二袋ってさ。一袋でも余るよ」


「たっぷり作るから、たっぷり食べて。シチューとか好き?」


「好きだけど、そんなに食べれないよ」


「頑張れ」


一応、お礼をされる立場なのに、頑張らなければならないのか? 

そう考えて、彼女のそのセリフに、僕は思わず笑ってしまった。


「やっと笑った」


「えっ?」


「こないだ、あたしと会ってから初めて。やっと笑った顔が見れた」


そうかもしれない。

彼女と会ってから、というよりも僕がこうして笑うこと自体が久しぶりな気がする。
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