エゴイストよ、赦せ
「思い出したみたいだね」 


絵莉の声に、顔をあげる。

僕は何かを言おうとしたけれど、声は出なかった。


僕は……、馬鹿だ。

本当に、馬鹿だ。


「あのコ言ってたよ。『大勢居たけど、声をかけてくれたのは、あのひとだけだった』って」


僕の左隣に座ったんだ、彼女は。


「憶えてなかったくらいだから、あなたにとっては些細なことかもしれないけど」


あのとき彼女は何と言ったか。


「あの頃のさ、みーには、とても大きかったんだよ。ひとの温もりっていうの? そういうのがさ」


そう、確か、「大丈夫?」と尋ねた僕に「大丈夫です」と返してきた。

そうだ、あの声はローサだ。


転んだのだろう。

彼女の膝から流れていた血は赤かった。

白のブーツだった。

黒の短いスカートだった。


「すごくやさしい笑顔だったって、嬉しそうに言ってたよ」 


あのとき、僕は彼女の顔をあまり見ていなかった。

カメラのピントは、ずれたままで合わない。

彼女の顔だけが、ぼやけている。


「あなたに、二度目に会えたときにね、昔の自分みたいな目をしてたって。会えてすごく嬉しいのに、とても悲しいって」


煙草を持つ手が、震えそうになるのをどうにか抑えた。
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