『新撰組のヒミツ』短編集
初は、恐る恐る視線を上げた。


「こんばんは。遅くに申し訳無い」


「……井岡様……?」


都合のいい夢を見ているのだろうか。


だが、胸に手を当ててみれば、痛いまでに鳴る心臓がこれを現実だと強く知らしめる。


まさか会えるとは思っていなかったため、初は暫し言葉を失い、夢にまで見た美しいその人にただ魅入っていた。


容姿よりも気にとられるのは、優しい眼差しと、女のわたしでも見下さずに話をしてくださる綺麗な御心だ。


「夜着では暑くて寝られないもので。
夏に合う浴衣でもと、買いに来ました」


もう今は初夏だ。棉の入った夜着では寝苦しいだろう、と思った初は頷いた。


「分かりました……。
どうぞお上がり下さい」


うるさい心臓の音が聞こえてしまわないかしら……と、息を潜めて背後の井岡様を窺う。でも、彼は何も感じたような気配は無い。


「採寸は如何されますか……?」

「頼めるなら」


「色はどうですか?」

「白は止めて下さい。黒など暗い色で」


「では、暗い色の浴衣ですね」



そう言われた言葉を聞き、希望に添っている薄手の反物を出していく。心の中で、“井岡様は暗い色が好き”と呟いた。


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