『新撰組のヒミツ』短編集
今日は稽古を除き、何も無い非番であった。昼前になると、暗澹とした気分に陥っていても腹が空くのはどうしようもない。


膝に埋めていた顔を上げると、くらりと眩暈がした。ずっと頭を下に向けていた所為だろうか、頭が鈍く疼く。


空気の読めない腹の虫を宥めながら広間に向かえば、正面から平助が歩いてくる様子が目に入ってきた。


「あ、総司!……総司?!」


心配そうな声で叫ぶ平助が、目を見張って駆け寄ってくる。そんなにも僕の顔は酷いだろうか、と頭の一部が冷静に考える。


「……総司、どうかした?!
顔色が悪すぎるよ」


「……別に。何でもありませんよ」


自分が殺した芹沢さんの声が聞こえる、など言える訳がない。平助は暗殺の件について、表面上でしか知り得ていないのだから。


心配の色が見える平助の瞳から目を外し、沖田はゆっくりといつものように笑みを浮かべてみせた。


僕は“沖田総司”なんだから。胸の内で小さく呟けば、ほら、痛みは消えた。切り替えをするだけで、芹沢さんの声なんか聞こえなくなる。


「そんなので騙されてやらねえよ」


変な顔、と呟いた平助は、動こうとしない沖田の背中を押し、「具合悪いんだろ? 山崎さんの所に行くぞ!」と明るい笑みを浮かべた。









「――で、何故俺のところまでいらっしゃったのですか」


絶賛不機嫌中の山崎さんが、何か黒いものを含んだ笑みを浮かべて視線を向けてくる。年上に睨まれるのは、怒られている気分に陥ってしまう。


何故そんなに不機嫌なのか。
彼の背後に視線をずらせば、山崎さんのと思しき薄手の羽織を被せられた光さんが横になって眠っていた。


(あ、成る程)


確信を持って山崎さんの顔を見れば『お前らは邪魔なんだよ、早く出ていけ』と語る表情が露骨に表れていて、緩みそうになる唇を噛んだ。


面白い。
山崎さんのこんな表情は珍しい。


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