『新撰組のヒミツ』短編集
光の腕を掴んだ山崎は走り出す。
「走れ!」
怯えきっていた光だが、叱咤を受けると直ぐに我を取り戻し、自分の力で走り出した。


足にかなりの自信がある二人。だが、一度も背後を振り返らなかった。ただひたすらに、腕と足を動かすことだけに専念する。


そろそろ息が切れてきたころ、例の林を抜け出し、開けた道に辿り着くことが出来た。遠くには提灯が提げれていて、光は安堵の余り、ため息を吐く。


「……さっきの……あれって……」


「ほんまもん……初めて見たわ」


「……私も……初めて見た」


顔色が悪い両者は、先程のことを思い出して再び身を震わせる。いないと思っていたのだが、本当はいたらしい――。


無言で屯所に帰ると、門の入り口には山南が笑顔で立っていた。山崎が札を差し出すと、山南は「頑張りましたね。吉村さんは帰ってきましたが」と笑って受け取る。


「裏の赤い色……悪戯が過ぎます」


光が抑えた声音でそう言うが、山南は首を傾げ、札を裏に返して二人に見せた。


「悪戯? この通り、裏には何もしていませんが……」


再び顔色が無くなった二人には気付かないように、山南は優しい笑みで言う。
「少しでも涼しくなりました?」


「掛け布団を下さい」
光は間髪を入れずにそう言った。







怖いのか、自分の近くで眠っている光に背中を向ける山崎。すぐ後ろには好いた女。色々な事情で振り返る勇気が無かった。


ああああ、どないしたらええんや俺!


数日間、山崎は寝不足が続くことになる。


「よしむらさん、なぐらせてください……」


当の本人は山崎の悶々とした気持ちを知るはずもなく――夢の中で吉村相手に憂さ晴らしをしているようだった。
< 44 / 46 >

この作品をシェア

pagetop