忍びの花魅
⑥
桜太夫 「このことは、ついさっきあちきが勝手に決めたことでありんす。この店の者達には、まだ誰にも話しておりんせん。」
菊屋「そうかい…。そしたら今から尋ねるんか?」
桜太夫「あい。」
太夫が振り返ると
御影屋は
今度は畳ではなく
しっかりと桜太夫の顔を見据えていた。
そして、一時の間をおいたあと、太夫に聞かれるまえに、はっきりとこう言った。
御影屋「太夫、お前の好きなようにしな。」
涙目になりながらそう言った御影屋に、もはや迷いはなかった。
桜太夫がいなくなっても、この店、この吉原は自分の手で守ってやろう。
太夫の道は太夫が決める。この禿たちも、この太夫についたがゆえのさだめ。
分かってもらえると信じよう…。
翌朝。
楓と椿は御影屋の離れに呼ばれていた。
太夫はまだ寝ている。
御影屋「お前達、昨日はご苦労だったね。遅くまで働いてくれたのに 朝早くに起こしてしまって悪いんだが 少し話がある。」
楓「あい。」
椿「祇園に行く件でありんすね…。」
御影屋「そうだよ。お前達の気持ちを知りたくてね。どう思ってる?」
楓「おいらは、太夫と一緒に行きたい。太夫が生きなさるように、おいらは生きる。」
椿「おいらもだ。吉原にはお世話になった方々が沢山おりんす。しかし、桜太夫についた以上は、おいらが一人前になるまで 面倒を見てもらうつもりでありんす。」
まだあどけなさの残るこの童女達だが、さすがは太夫を見て育った禿。
幼いなりにも、やはり桜太夫譲りの粋な心意気が見て取れる。
昨夜の戸惑いの色はもはや消え去り、二人ともが、自分の意志を貫こうとしているようだ。
御影屋「……そうかい。それなら仕方があるまい。 踏ん切りがつかなかったのは、どうやらこの私だけだったようだね。」
どこか寂しげな亭主の声音に、楓達も同情したが
それはもう仕方がない。皆が悩み、苦しんだ末に決めたことだ。
他に言葉はいらなかった。
御影屋「…ッさぁさぁ、花魅達が目覚めるころだよ。朝餉の支度だ。二人とも、もうお行き。」
この日から 御影屋で太夫の身請け話しについてのあれこれが、遊女や番頭、客達の中でさえ、登ることは一切なくなった。
最後まで 【御影屋の太夫】として気持ち良く仕事をしてもらうために、亭主が遊女達に口止めをしたのだ。
桜太夫に対して亭主が出来る、心ばかりの気遣いであった…。
菊屋「そうかい…。そしたら今から尋ねるんか?」
桜太夫「あい。」
太夫が振り返ると
御影屋は
今度は畳ではなく
しっかりと桜太夫の顔を見据えていた。
そして、一時の間をおいたあと、太夫に聞かれるまえに、はっきりとこう言った。
御影屋「太夫、お前の好きなようにしな。」
涙目になりながらそう言った御影屋に、もはや迷いはなかった。
桜太夫がいなくなっても、この店、この吉原は自分の手で守ってやろう。
太夫の道は太夫が決める。この禿たちも、この太夫についたがゆえのさだめ。
分かってもらえると信じよう…。
翌朝。
楓と椿は御影屋の離れに呼ばれていた。
太夫はまだ寝ている。
御影屋「お前達、昨日はご苦労だったね。遅くまで働いてくれたのに 朝早くに起こしてしまって悪いんだが 少し話がある。」
楓「あい。」
椿「祇園に行く件でありんすね…。」
御影屋「そうだよ。お前達の気持ちを知りたくてね。どう思ってる?」
楓「おいらは、太夫と一緒に行きたい。太夫が生きなさるように、おいらは生きる。」
椿「おいらもだ。吉原にはお世話になった方々が沢山おりんす。しかし、桜太夫についた以上は、おいらが一人前になるまで 面倒を見てもらうつもりでありんす。」
まだあどけなさの残るこの童女達だが、さすがは太夫を見て育った禿。
幼いなりにも、やはり桜太夫譲りの粋な心意気が見て取れる。
昨夜の戸惑いの色はもはや消え去り、二人ともが、自分の意志を貫こうとしているようだ。
御影屋「……そうかい。それなら仕方があるまい。 踏ん切りがつかなかったのは、どうやらこの私だけだったようだね。」
どこか寂しげな亭主の声音に、楓達も同情したが
それはもう仕方がない。皆が悩み、苦しんだ末に決めたことだ。
他に言葉はいらなかった。
御影屋「…ッさぁさぁ、花魅達が目覚めるころだよ。朝餉の支度だ。二人とも、もうお行き。」
この日から 御影屋で太夫の身請け話しについてのあれこれが、遊女や番頭、客達の中でさえ、登ることは一切なくなった。
最後まで 【御影屋の太夫】として気持ち良く仕事をしてもらうために、亭主が遊女達に口止めをしたのだ。
桜太夫に対して亭主が出来る、心ばかりの気遣いであった…。