レミリアの一夜物語
「その子を取り返しにでも来たつもりですか?その子は選択を済ませたというのに、よりにもよって赤の他人であるあなたが、何を思ってその子を連れ戻そうとするの?」
「レシェフ……」
ネイトは不安げにレシェフを見上げた。
ネイトの心は違うものの、緋竜の言ったこと本当のことだったからだ。
「違う。俺たちは家族だ」
「言葉もろくに与えず、ただ同じ部屋で暮らしているだけ。それなのに貴方はネイトを家族と言う。ネイトが寂しく辛い思いをしたとは思わないの?」
「そんなことない!」
叫んだのはネイトだった。一瞬でも、レシェフにネイトがそう思っていたのかと思われたくなかった。
「言葉は……欲しいけど、でも言葉がなくても、私を拾ってくれて、好きにしたらいいって言ってくれて、育ててくれたし、傍にいることを許してくれたから、それはもう十分すぎるくらい私を救ってくれたの。いつも見てくれていた、その瞳は、きっと家族のもの。そして私の腕をひいてくれた手はきっと私を導いてくれるものだって信じてる」
レシェフはふっと笑った。
それはネイトが知っている限り初めての微笑みだった。
「緋竜。確かに貴殿にとってネイトはずっと望んでいた存在だろう。しかしネイトの、そして俺の望みをそれとは違う。俺たちはまだ家族でいたいと願っている。たった1年一緒に暮らしただけの狭い家に帰りたくてたまらないんだ。貴殿らにとっての一生は長いだろう。今回は諦めて欲しい」
レシェフはサーベルを抜き、切っ先をかつんっと床に突き付けた。
「それに、娘の幸せを願わない親がどこにいる?このような閉じられた世界に娘を置いていくつもりはない。俺はネイトを連れて帰る」
「え……」
それは果たして、ネイトと緋竜、どちらの呟きだったのだろうか。
レシェフは神々からの帰還の言祝ぎを受けて、ネイトと共に元の世界へと帰っていった。
緋竜はしばらくそこに留まり、小さな神殿をじっと見つめていたが、短い溜息をつくと、沈んでしまった太陽を追うように西の空へと飛び立っていった。