期間限定の婚約者
「まだ震えてるね。怖かったんだね。車で家に送ってあげたいけど、そこまでの時間が無くてね」

「……大丈夫です。着物を着付けていただけるだけで、なんとお礼を言っていいかわからないくらい感謝しています」

「大げさだね。君は」

 新垣さんがくすっと笑う息が首筋をくすぐった。

 慣れた手つきで帯を結い終わると、「はい、出来あがり」と新垣さんが私の背中をポンと叩いた。

「ありがとうございます」と、腰を折って頭をさげた。

「いいよ。そんな礼儀正しくお辞儀をしなくても。気にしないで」

 新垣さんが苦笑した。

「本当に感謝しています。あのままの格好で街中を歩くのは恥ずかしかったですから」

「そろそろ行かないと、君が見つかってしまうね。じゃ」

 新垣さんが片手をあげて手を振ると、非常階段の扉を開けた。
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