期間限定の婚約者
 高藤 湊さん。パパの取引先の会社社長だとか。

 とても有能で、良い人だから、と言うから、『会うだけ』と伝えたのに。

 どうしてこんなことになっているのだろう?

 食事をするだけで、帰る予定のはずなのに。

 私は必死に抵抗を続けて、高藤さんから身体が離れると着崩れた着物のまま、部屋を飛び出した。

 早くこの場から遠くへ逃げなくちゃ。

 私は非常階段へと一直線に走り、重い扉を押しあけた。

 外へと続く非常階段で、男の人の姿を目にして動きがぴたっと止まった。

 非常階段の壁に寄りかかって、新垣 侑さんが煙草を咥えていた。

 左手には携帯灰皿を持っている。

「おっ」と新垣さんが私と目が合うと、小さく声をあげた。
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