泡沫眼角-ウタカタメカド-
「容疑者が逃げ回ってるというじゃねえか」
「ああ。若い男と、比津次会の人間が確認されている」
「そうかそうか…そのうち一人は香田って男じゃないか?」
川井と狸翠はそろって眉を顰めた。
「何故知っている?」
「まあそういうことは置いておけや。組長代理なんてもんをやらされてるらしいが、裏切るならあいつしかいないと思ってたんだよ」
天城は体をゆする。
どうやらこの話をしたくてたまらなかったようだ。
川井はペンを握りなおした。
「昔の話だ。あいつはウチにいたんだよ」
「な、なんですって?」
川井の素直な反応に、天城はうんうんと頷く。
「あいつの親父が、借金を踏み倒したまま死んだからよ。ツケはガキに払ってもらったってことだ」
「何をさせていた?」
狸翠は落ち着いて聞くと、先ほどの食いつきはなく天城はすこし不満そうだ。
「汚れ仕事全般だよ。武器の扱いから何でもさせた」
「まさか…殺しもですか?」
天城は思いっきり笑い飛ばした。
「そのつもりでいたがな! 断固として断った上にやらせる前に全部、水増しした借金も含めて返して出ていっちまったよ! ただし、腕は保障するが。そいつが犯人なら、そのうちここに復讐に来てもおかしくねぇだろ?」
川井はさぁと体が冷たくなるのを感じた。
人の子供に何をさせているんだ。
そして、そんな危険人物が今、世に放たれている。
これは、最悪の事態というやつなのではないか。
動機があやふやな逃走した青年。
それに同行する腕の立つ男。
動機十分の団体二つ。
被疑者の特定が、一気に難しくなってしまった。