泡沫眼角-ウタカタメカド-
炯斗がおとなしく座席に収まるのを見て、香田はもう一度大きくため息をついた。
それでも、少し心配になったのか、“大事な何か”が入っている袋を手元に引き寄せる。


「この中に入っているのは、ファントム殿から俺に宛てて今回のことに協力を仰いだ手紙と、ファントム殿が以前見つけた、証拠だ」

「証拠?」

「…そう、ファントム殿の母が殺されたという証拠だ」

「なっ?」


思わぬ情報に炯斗は思わず耳を疑った。
ファントムの母親が、殺されていた…?
香田はゆっくりと袋をなでる。


「いや、実際には誰も手を下してはいない。彼女は出産の負担に体が耐え切れずに亡くなった」

「え?」

「出産間際の、精神が不安定な時期に比津次と禅在とで大きな抗争があった。それを心配した彼女は体調を崩した」

「…」

香田は、体をシートに深く沈めて遠い昔に目を向ける。


「その時期に、差出人不明の手紙が彼女のところに届いた。彼女はそれを誰にも知らせずに自らのうちのみにとどめていたが、その心労は確実に彼女の体を蝕んでいった。

出産が近いというのに、満足に食事も摂れない日が続き、出産の日に命を落とした」


苦しみを誰にも語ることもなく。
それは一体誰のためだったのか。


「母親が亡くなって間もなく、遺品を整理するファントム殿は彼女の元に届いていたという手紙を発見した。見舞いの手紙を装い、そこに書かれていたのは抗争による比津次会側の被害者の名前と…どういった被害を負ったかが事細かに記されていた…!」

香田の言葉に僅かに怒りが混じり、袋を持つ手にも力が、籠る。


「本当に、そんなに被害があったのか?」

「いいや。ほとんどがガセだ。かすり傷の者が骨折と書かれ、足を捻った者はもう歩くことは出来ないほどだと、大きく被害を膨らませていた」

「だったらそんな嘘、すぐに…」


首は横に振られた。
検証すればすぐにでもバレる嘘だったのに。



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