泡沫眼角-ウタカタメカド-
「そうはいかなかった。親父さん…いや、会長は抗争のごたごたに追われていて彼女を見舞うことはなかなか出来なかった。その代わりに見舞いに通っていたのがまだ幼きファントム殿だったが、わが子に『抗争の様子はどうだ、誰がけがしたのか』なんて聞けることは出来なかっただろう」
「…そりゃ、そっか」
「それに、たとえファントム殿が正直に答えたとして不安でいっぱいになっていた彼女がそれを信じたかと思っても……なかなか難しいだろうな」
皆が妊婦を敬って、心配させまいとする環境のなか。
ひどい現状など答えられる者はまずいない。
情報が制限されている中で想像するしかできない人間に、気遣いの籠った情報を完全に信頼できると思うだろうか。
「奥方は差出人不明…いや、そんな嫌がらせを送ってくる相手の情報など信じなかった。それでも気がかりという心労は着実に溜まっていったのだろう。
そして、ファントム殿はその手紙を発見してしまった。さらには、こんなものもな」
香田は袋の口を開き、一枚の封筒を取り出した。
「それは…?」
「奥方がその手紙に反抗するように書いていた手紙だ。相手の住所もわからずに出せなかったのだろうな。こうして何通も、残っている」
炯斗はゴクリと唾を飲み込んだ。
きっと、いつかのように、さっきのファントムの記憶を覗いてしまったように、触ればきっと見えてしまう。
それが、怖い。
「これの中身は、俺も見ていない。見るべきではないと、思っている」
「ああ…そうだな!」
香田の一言で炯斗は大きく安心が広がるのを感じた。
気づけば、手汗までかいている。
「見たのはファントム殿だけ。そしてファントム殿は、この手紙を出した禅在への復讐を決心した」
「やっぱ、禅在なのか…」
「無論だ。そして俺も、個人的に禅在に対してつけるべき落とし前がある。だから、ファントム殿は俺を誘ってくれた。
あの日の、奥方様以来の大きな抗争。禅在の元に乗り込む作戦にな」