泡沫眼角-ウタカタメカド-
同時刻
駅周辺に広がる地下駐車場。
多くの車が死んだように、静かに立ち並ぶ。
その一つの白い車の運転席で一人、ペンを片手に書類に向き合う男がいた。
しっかり整えた髪の下に、鋭い瞳が作業用の眼鏡の奥から覗く。
黒に近い灰色のスーツで眼鏡を取ればさぞいかつい立ち姿になるだろうが、今は書類を前にやや情けなく眉間が寄っている。
彼は比津次の幹部で、今は会計を任される吉野春日(ヨシノ カスガ)。
頭の弱い男所帯な組では、彼のような人材は重宝される。
――いつの間にか幹部とはね
クスリと笑って、外から車の窓をコンコンと。
目を上げた吉野は一瞬誰だ? という顔をしてから、一気に表情を明るくした。
どうやら思い出してもらえたらしい。
「よ、久しぶり」
ウィンドウが下がるのを待って右手を上げる。
なるべく、平然と。
「久しぶりだな! 今日は若頭…いや、奏さんは来てないぜ?」
「いいさ。今日は吉野…さんに会いに来たんだ」
すると吉野はびっくりして自分の顔を指さした。
「どうした? やっぱウチに入りたくなったか? 昔から入り浸ってたもんな」
「違ーよ!!」