黒水晶
男の意識はもうろうとしていた。
イサの質問にも答えず、男は残りわずかな気力を振り絞り、うめくような声で言った。
「お前の血をくれ。
血を……。魔女の血を……。
魔女の匂いがする。
魔女の血、血を……」
すでに、夜になりつつある。
道にはイサとマイ、この男以外に人はおらず、援護してくれそうな人もいない。
イサは男を敵だと判断した。
マイをその場に残し、男を抱えて街の門外に連れていった。
「マイ、待っててくれ。すぐ戻る!」
そう言われ、マイは涙目のままイサの背中を見送った。
こんな時エーテルがいれば、マイをひとりにせずに済んだのに……!
一人で行う護衛には限界がある。
自分の未熟さを痛感しつつ、イサは街の門外にきた。
石壁にもたれさせるようにグッタリした男を座らせ、
「成仏しろ!!」
剣に念を込めると、刃全体が青く光った。
イサが男の胸に剣をまっすぐ突き刺すと、次の瞬間、男は紫色の粒子となり、空気の中にとけるようにして消えた。
額から頬に伝って流れる汗をそのままに、イサは肩で息をした。
今、イサが葬(ほうむ)った男。
彼は、人間の姿をした魔物だった。
イサは、《人間》と《人型をした魔物》の違いを見抜くことが出来る。
剣術能力のうちのひとつだ。
あの場で男を倒すことも可能だったが、マイに魔物討伐の瞬間を見せるわけにはいかない。
戦闘経験のない一般人には、ショッキングな場面である。
“体調を壊したばかりのエーテルには悪いけど、明日にはこの街を抜けた方が良さそうだな……”
険しい瞳で、イサは剣をしまった。