黒水晶
夜も深まる。マイとテグレンは、ぐっすり眠っていた。
みんなの気配を消すための魔術で自らの姿を消していたエーテルが、見張りをしていたイサの前に姿を現す。
「どうした?」
イサはやや驚きを含んだ声で尋ねた。
エーテルは澄んだ声の奥に緊張を漂わせ、
「何者かの気配がする」
「本当か? 俺は何も感じなかった……。
ということは、相手は普通の人間じゃないってことだな」
「私と同じ魔術師であり、同等の力の持ち主」
イサが辺りを見回すと、黒いマントに身を包んだいかにも怪しい男が、イサとエーテルの前に立っていた。
イサは腰に携えた剣を鞘(さや)から抜き、
「お前は何者だ?」
「そこのお嬢さんと同じような存在、とだけ言っておこうかな」
黒いマントの男はエーテルを見やり、クールで落ち着いた声色でイサの問いに答えた。
「あなたから、私とは違う波動を感じる」
エーテルはマントの男にそう言った。
「さすがお嬢さん。高度な魔術の使い手なだけある。
ただ者じゃないですね」
「何しにここへ来た?」
イサはマント男を威嚇(いかく)するように、彼の顔面すれすれに剣の先をかざす。
「おやおや、物騒ですね。
私は怪しい者ではありません。
それを下ろしなさい」
マント男は口元を緩めながらイサを見下ろした。
「信用できるかっ!
ここへ何しにきたっ!」
「君たちと戦う気はないですよ。
この家に住む魔法使いのお嬢さんの偵察に来ただけ。
申し遅れました。
私の名はフェルト」
フェルトと名乗った男の歳は、二十歳前後。
彼はそれだけ言うと、その場を後にしておもむろに背を向け、去っていく。
「フェルト! 待てっ。
マイに何の用だ。何のための偵察だっ!」
イサは剣を右手にしたままフェルトの方へ駆け出した。
エーテルは黙ってその様子を見ている。
イサの気迫に負けたのか、フェルトは振り向きこう言った。
「私はずっと、あのお嬢さんを見守っていました。
いまの君には分からないかもしれないけど、いずれ、その理由を知ることになるんじゃないでしょうか」
黒いマントに身を包んだフェルトは、夜の闇に溶け込むように姿を消した。