黒水晶
「……っ」
イサは、固くつむった両目をゆっくりと開けた。
時間にしたらほんの数秒間の出来事だったのに、何十日か経ったような気分だ。
イサがもっとも驚いたのは、さきほどまでいなかった魔術師の姿が部屋にあること。
なぜか、フェルトがリンネを横抱きにしている。
「フェルト! 何でここに!?
リンネは……!!」
リンネは気を失っていた。
フェルトに抱き抱えられて、スヤスヤ眠っている。
「何があったんだ!?」
わけがわからず、イサはフェルトに訊(き)いた。
今まで、悪い夢を見ていたのだろうか……。
「間一髪。ギリギリセーフでした。
イサりん。あなたは、私のヒーロー的大活躍のおかげで、クッキーの効力を浴びずにすみました。
感謝して、敬(うやま)ってくださいね」
からかうように話すフェルト。
イサは首を傾げた。
「ヒーロー的活躍?
リンネはたしかに、あのクッキーを食べたんだぞ?」
「ええ。彼女はたしかに食べました。
私がこっそりすり替えておいた、ニセ物のクッキーをね。
この前の休日、レイルとクッキーを作ったのですが、その時のあまりがポケットに入っていましてね。
デスクの上のビンに、まだたくさん入ってますよ」
フェルトは可憐な乙女のように無垢な笑顔で説明すると、魔術を使い、リンネの手から抜き取ったという魔法のクッキーを頭上にかざした。