黒水晶
5 果てに残るもの
「それは……! さっき私が食べたはずの……!!」
リンネは勢いよくベッドを抜け出し、口をモゴモゴさせているフェルトの元にかけ寄った。
なぜフェルトが魔法のクッキーを持っているのだろう?
フェルトは得意げな笑みを見せ咀嚼(そしゃく)し終えると、リンネの疑問に答えた。
「ごちそうさま。
あなたがさっき食べたのは、私がすり替えた普通のクッキーなんです。
あなたがイサりんからこれを奪った瞬間に、勝手ながら、そうさせていただきました」
リンネは眉をつりあげ、怒りをあらわにする。
「上官だからって、何の権限があってそんなことを!?
ひどすぎます!!」
「上官だからそうしたのではありません。
イサりんはクッキーの力に頼ることを望んでいませんでした。
それに、イサりんの友人として、あなたがクッキーを口にするのを止めずにはいられませんでした」
「……」
リンネは押し黙った。
たしかにフェルトの言う通りだった。
イサは最後までクッキーに頼らず、自力でマイを見つけ出そうとしていた。
「そんなイサりんを前にして、あなたは本当にクッキーを食べられますか?
それで恋が叶ったとして、真の幸せを感じられますか?
それとも、ルークさんに頼んでもう一度クッキーをもらいにいきますか?」
「……もういらないわ。
だって、フェルトさんが食べても、効果がなさそうなんだもの。
魔法なんかをアテにした私がバカだったわね」
リンネは失望感たっぷりな口調で、フェルトに背を向ける。
フェルトは彼女の背中に言った。
「ええ。私のお相手は、もうこの世に存在しない方ですから。
神と魔法使いのコラボによって完成したクッキーとはいえ、さすがに、黄泉(よみ)で眠る魂の気持ちまで操ることはできません」