黒水晶
フェルトはどんな顔つきでそんなセリフを吐いたのだろうか。
彼に背を向けていたリンネには知りようのないことだが、そうつぶやく彼の声が一瞬だけ哀しみの色に染められたのを感じ、彼女の体は石のように固まった。
「……効果がないと分かっているのに、どうしてそれを口にしたんですか?」
彼に背を向けたまま、リンネは怪訝(けげん)そうに尋ねた。
彼女の白い頬には、触れてはならないフェルトの傷に触れてしまったという気まずさが浮かんでいる。
フェルトは普段通りの陽気さで、
「私があなたに共感しているということを態度で示すため、ですよ。
あーあ、片想いなんてみじめで仕方ありません」
と、全く憂(うれ)いのない口調。
リンネは思わず彼に面(おもて)を向け、
「ふざけてるんですか?」
「ふざけてなんかいませんよ」
フェルトは丸テーブルの上にある愛しい人の面影を手にした。
エーテルの笑顔が収まった写真立て。
リンネがずっと、大切に持っていた物。
「もしかして……」
リンネは、フェルトの想い人が誰であるのかを察し、それを口にしようとしたが、フェルトはそれを遮るように部屋を出て行こうとした。
「何も言わずここを後にしたということは、イサは、私とレイルにこの国の運命を託(たく)したのでしょう。
これからが大変です」