黒水晶

「やめて、イサ。顔、あげてよ……」

マイはイサに近寄り、彼の顔を上げさせる。

イサは真剣な顔でマイとテグレンを見やった。

「俺はマイ様を利用しようなどとは考えていません。

純粋に、護衛するためにここへ来ました。信じて下さい。

もし、俺がマイ様を殺(あや)めることがあれば、俺を殺してください。

剣術師の名にかけて、マイ様の身を全力でお守りいたします。

その誓いを破ることがあるとすれば、命など惜(お)しくありません」

さすがのテグレンもイサの気迫に黙り込み、思案した。

しばらくの沈黙が流れる。

マイも無言でイサの言葉を深く受け止めていた。

これまで生きてきて、テグレン以外の人間に心配されるのはこれが初めてだったから……。


「そうかい……。よほどの事情があるのはわかったよ。

マイが幼い頃からここで一人暮らしをしてた理由も、イサの言ってることと関係あるのかもしれないしね」

テグレンが重い口を開いた。

「じゃあ……! マイ様を我が国に連れて行くことを許して下さるのですか?」

イサは面(おもて)を上げる。

「イサ、あんたの心意気はよく伝わったさ。

ただね、あんたの言うことを完全に信用することはできない。

情報が少なすぎる。わかるかい?」

「はい。その通りです。

どうしたら、信用して頂けるのでしょうか?

俺にはやましい気持ちなんて少しもありません。

信じてもらえるのならば、何でもいたします!」

イサは再び土下座をした。

テグレンはそっと彼の前に立ち、

「あのね。信用っていうものは、時間をかけて自然に築き上げられるものなんだよ。

今あんたが何かをしてくれたとしても、『はい、そうですか』って、マイを差し出すわけにはいかない。

マイは『物』じゃないんだ」

「テグレン……」

マイはただただ、イサとテグレンの二者を見つめることしかできない。

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