黒水晶
フェルトの移動魔術によって、マイたちは一瞬で宿のフロントにやって来れた。
フェルトのはからいですでに部屋は確保されていたので、早足で客室に向かい、エーテルをベッドに寝かせた。
魔術を使い、フェルトがエーテルの病状を見る。
しばらくそれを見守ったあと、マイは窓を開け外を見た。
オリオン街よりも広く豪勢な町並みが眼下に広がっている。
「ここは、どこなの?」
マイは、窓辺にやってきたイサに尋ねる。
「今いた草原から、歩いて一日くらいで着ける場所だ」
そこで一旦言葉を切ると、イサはフェルトの方を見た。
「妙な魔術で空間をねじまげられていなければ、とっくの昔にこの街も通過できていたはずだ。
……それより、さっきまで俺達がいたあの草原は、本当に実在するものなのか?
フェルトの話を聞いてると、あの空間にあったもの全てが虚像に感じてならない」
ちょうどエーテルの治療が終わったようで、フェルトはふぅと息をつくと、
「イサにしては察しがいいですね。
いい傾向です」
「茶化すなっ」
イサはムキになる。
テグレンが、「二人とも、相変わらずだね」と笑いながら、エーテルの額に乗せていた濡れタオルを取り替えた。
マイも心配そうに眠るエーテルを見つめ、言った。
「フェルトさんは、何か心当たりがあるんですか?
空間がねじまげられたことに……。
それに、エーテルがいきなり倒れたのはなぜですか?」
「エーテルは、自然の神の正常な力を受け取ることによって魔術を使えるんです。
私の魔術の一部もそうなのですけど、それはさておき……。
この異常空間のせいで、自然の神たちは皆、その力を削られ、衰退(すいたい)しています。
結果、自然エネルギーの供給が追いつかなくなったエーテルは魔術を使えなくなり、自身の身体能力を保つ魔術でさえ、消耗つつあるのですよ」
イサは歯をくいしばり、
「この間、水の神·アルフレドに襲われた時に、エーテルが簡単に攻撃されたのもそのせいか…!
じゃあ、エーテルはもう、護衛の任務すら果たせないのか?」
「私のせいで……」
マイは胸を痛めた。
自分がいなかったら護衛の任務すら必要ないのだから、エーテルがこんなに衰弱(すいじゃく)することもなかったはずだ、と……。