黒水晶

「あれ?」

マイは辺りを見回した。

部屋の中から光が消えると、眩しかったはずの背景は何事もなかったように元通り。

ただ、ひとつ違うと言えば、ベッドに横たわっていたはずのエーテルと、その傍らにいたフェルトの姿が無くなっていることだ。

部屋の形はそのままに、マイとイサ、テグレンだけが取り残されていたのである。


「やっぱり、そうか……」

イサは何かに気がついたように、そうつぶやく。

「イサは、フェルトさんが何をしたか分かるの??」

尋ねたのはマイだった。

テグレンも、答えを求めるようにイサを見る。

イサは城で修業していた頃のことを思い出し、言った。

「こうして剣を握らせてもらえる、ずっとずっと前のことなんだけど……。

この世界には、裏の世界があると聞いたことがあるんだ」

「裏の、世界??」

マイは、恐る恐る繰り返す。

「ああ。裏の世界は、自然の神達が生まれた場所だという伝説がある。

その話をカーティスに聞かされた俺は、城の書庫をあさってあらゆる書物を調べたんだ。

なぜだか妙に気になって」

「カーティスって、イサに剣術の全てを伝承してくれた師範だったね」

と、テグレンが言葉をはさむ。

「そうだ。カーティスは、剣術以外にも、いろんなことを教えてくれたんだ。

そう、裏の世界のことも……。

でも、どれだけ書庫をあさっても、それに関して記述された書物は見つけられなかった。

だから、カーティスに詳しいことを訊いてみたんだ。そしたら……。

裏世界の伝説は、限られた一部の魔術師にしか知れ渡っていない事だ、って……。

なぜなら、裏世界に入るには《禁書》に掲載された魔術を使う必要があるから。

フェルトは多分、禁書内に記された魔術を使って裏の世界に干渉し、神の生まれ故郷に立ち入ることでエーテルを助けたんだ」

イサがカーティスに聞いた話によると、その、一部の者にしか受けつがれなかった《禁書》……通称·禁断魔術は、裏の世界に干渉する力を持っている。

裏の世界は、人間が安易に立ち入ってはいけない場所。

なぜなら、裏の世界は、この世に住む自然の神の生まれ故郷だと言われているからだ。

神の生まれ故郷…裏世界の空や大地には、悪い人間に悪用されてもおかしくないほど、異能な力が溢れている。

< 96 / 397 >

この作品をシェア

pagetop