黒水晶
「あれ?」
マイは辺りを見回した。
部屋の中から光が消えると、眩しかったはずの背景は何事もなかったように元通り。
ただ、ひとつ違うと言えば、ベッドに横たわっていたはずのエーテルと、その傍らにいたフェルトの姿が無くなっていることだ。
部屋の形はそのままに、マイとイサ、テグレンだけが取り残されていたのである。
「やっぱり、そうか……」
イサは何かに気がついたように、そうつぶやく。
「イサは、フェルトさんが何をしたか分かるの??」
尋ねたのはマイだった。
テグレンも、答えを求めるようにイサを見る。
イサは城で修業していた頃のことを思い出し、言った。
「こうして剣を握らせてもらえる、ずっとずっと前のことなんだけど……。
この世界には、裏の世界があると聞いたことがあるんだ」
「裏の、世界??」
マイは、恐る恐る繰り返す。
「ああ。裏の世界は、自然の神達が生まれた場所だという伝説がある。
その話をカーティスに聞かされた俺は、城の書庫をあさってあらゆる書物を調べたんだ。
なぜだか妙に気になって」
「カーティスって、イサに剣術の全てを伝承してくれた師範だったね」
と、テグレンが言葉をはさむ。
「そうだ。カーティスは、剣術以外にも、いろんなことを教えてくれたんだ。
そう、裏の世界のことも……。
でも、どれだけ書庫をあさっても、それに関して記述された書物は見つけられなかった。
だから、カーティスに詳しいことを訊いてみたんだ。そしたら……。
裏世界の伝説は、限られた一部の魔術師にしか知れ渡っていない事だ、って……。
なぜなら、裏世界に入るには《禁書》に掲載された魔術を使う必要があるから。
フェルトは多分、禁書内に記された魔術を使って裏の世界に干渉し、神の生まれ故郷に立ち入ることでエーテルを助けたんだ」
イサがカーティスに聞いた話によると、その、一部の者にしか受けつがれなかった《禁書》……通称·禁断魔術は、裏の世界に干渉する力を持っている。
裏の世界は、人間が安易に立ち入ってはいけない場所。
なぜなら、裏の世界は、この世に住む自然の神の生まれ故郷だと言われているからだ。
神の生まれ故郷…裏世界の空や大地には、悪い人間に悪用されてもおかしくないほど、異能な力が溢れている。