毬亜【マリア】―信長の寵愛姫―
「最後まで言わなくて良い」

「え?」

「『手立てを見つけなくて良い』とか『戻らない』という言葉を口にするのは、辛いだろ? たとえ強い決心をしていたとしても、口にするのは辛い時もある」

 信長が、私に手を伸ばして頬を触った。

「儂もどうにもできない決断を下したことが何度かある。口にするのが辛かった。本当は、温情をかけてやりたかった。が、そうもいかない事情もあった」

 信長が苦笑した。

 もしかして亡くなったご兄弟の話をしているのだろうか?

 信長の暗殺を企んでいた兄弟を、裁かなくてはいけなかった時の話を?

 深く聞きたいけれど。それはきっと信長の心の傷を抉るだけになってしまう気がする。

 だから聞いちゃいけないって思う。

「そんな悲しい顔をするな。もう過去の話だ。儂は『今』を生きている。だから、過去には囚われないと決めておる。そういう経験があったから、お前の気持ちが少しばかり理解できるのが嬉しい」

 信長がにこりと微笑むと、私の鼻をつまんだ。

「なにするんですか!?」

 鼻声で叫ぶ私の声に、信長がクスクスと失笑した。

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