彼女は予想の斜め上を行く
怒っているはずなんだ。

でもあの顔は喜怒哀楽でいうところの《怒》だけでなく、《哀》も入り交じっているように見えた。

こういう時、俺のような鈍い人間はとことん困る。

何も読めないから。

彼女の表情の意味も。

自分が起こすべきアクションも。

ただわかっていることは、気の強い彼女は何を言ってもきっとこのドアを開けてくれないこと。

開けてもらおうと躍起になっても、ただうるさくて近所迷惑にしかならないこと。



こうして呆然と立ち尽くしているのも不審だろうと思い、退却することにした。

「とりあえず帰ろ……」

俺の呟きは6月初旬の湿った空気を帯びる空に消えていった。



「ちょうの~」

車のドアノブに手をかけたところで、俺を呼ぶ声が聞こえた。

声の聞こえた方向を見ると、ビニール袋を手に下げた塩原彩さんが小走りでこちらにやって来る。


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