ヒールを履いた猫
 ちらりと時計を見て、そろそろ時間だとベットから下りた。

 モモを床に下ろして糊付けされたシャツ着てズボン履く。

 ネクタイとベストはまだ絞めないで、そのままの格好で髭を剃る。

 鏡の横の棚にはモモがちょこんとお座り。

 鏡越しで目が合い、ショウマが微笑むとモモが

なーう
と、甘えた声を出した。

 ネクタイとベスト、ジャケットをかっちりきっちり着込み、散髪料で髪を後ろに流す。

 山高帽を深く被りおしまい。

「今日はステッキはモモとお留守番だ」

 縞黒檀のステッキの側に移動し座り込んでいるモモにそう告げると、モモはつまらなそうに

 にゃー
と鳴いた。


 黒塗りの磨かれた階段を降りると、玄関で白い割烹着を被った中年の女性が控えていた。

 にこにこと、いかにも穏和な笑いを浮かべながら。

「多重子さん、出掛けてきます」

「お夕飯はいかがしましょう?」

「夕食は仲間と外で飲む約束なんだ。結構ですよ。モモの食事だけ頼みます」

「はい。かしこまりました」

玄関の取っ手に手を掛けるタイミングで、タタタと軽い足取りで階段をかけ降りてきたのはモモ。

将馬に飛び付こうとするモモを、多重子は抱き上げ阻止をした。

「モモちゃん、いけませんよ。翔真様のお洋服に毛が付きますからね」

ニャーニャー

と鳴くモモの声は、心なしか切なく将馬に聞こえた。

多重子に抱かれてそう何度も鳴くモモが一層愛しく思いながら将馬は、愛猫の頭や顎を何度も撫でた。

「多重子さんの言うことを聞いて、良い子にしておいで」



行ってきます

将馬は多重子とモモに向かい鍔の先を指で摘まみ軽く頭を下げ、出掛けていった。

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