一億よりも、一秒よりも。
ただ、ふと視線を落とした先にあった彼女の靴が。
そう、以前必死になってプレゼンして勝ち取った広告のモチーフにした靴がそこにあったから。
 
俺は後先考えず、口にした。
「みんな消えちゃったし、カフェでもいこうか」
 
彼女は確か、すごく怪訝な表情というやつを浮かべていたと思う。
そして辿りついた深夜でもやっているカフェで、そう言った。俺のことは好みじゃないと。
 
あまりにもはっきり言われて、笑ってしまった記憶がある。
「ああ、俺もだよ」その言葉は飲み込んだけれど。

 
彼女はたいして喋らなかった。だけど退屈そうな雰囲気はけして出さなかった。
だから俺は組まれた脚の先にある、磨かれたハイヒールを存分に眺め、あの靴はこういった人に選ばれるのかと納得した。

そしてその間、ぽつりぽつりと交わした会話の粘度に恋をした。
 
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