一億よりも、一秒よりも。
たぶんそんなことを今彼女に言ってみても、さして驚かれないだろう。
きっといつもの口調でこう言うのだ。
「あ、そう」

 
雑踏の中ふいに雨の匂いを感じた。アーケードの外へ目を遣る。
「雨ね」キョウが呟く。
「そうだね」俺が応えた。

降水確率は高くなかった今朝の予報を思い出す。
資格を持った気象予報士が検討を重ねて出した予報だってときには外れる。資格なんか存在しない恋愛だったら、尚更予想は外れるものだ。
 

ちょうど食事の時間だと、彼女と共によく行くお店へと足を運んだ。

道の向こうから背が高く逞しい体つきの男が歩いてくる。
だけど彼女はその男に目もくれず、真っ直ぐ前を見て歩いていた。カツカツと、あの日と同じハイヒールを鳴らして。
 
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