抹茶な風に誘われて。~番外編集~
 魔法がとけたって、ガラスの靴なんてなくたって――十分生きていけるネオンの花。雨にふられても、踏みつけられても平気な顔して、はいつくばって咲き続けてきたあたしだから、今更王子様の馬車なんか必要ないの。

 そんな嫌味を込めた言葉に、ただいつものように鮮やかな笑みを返した男は、それ以上何も言わずに背を向け、階段を降りていく。

 スーツの後ろ姿は、なぜか一瞬昔眺めたものと重なって――日の光で容赦なくそれが幻であることを示した。昔よりほんの少しだけやわらかくなった横顔は、たった一人の少女のために微笑むのだから。

 ――バイバイ、あたしのガラスの靴。

 いつまでも心の片隅に残ってた過去の想いが、パリンと割れる。無数のカケラとなって、ついには光の残像となって、消えていく。そして残ったのは――いつも通りの悪友の顔。

 車に乗り込む前、最後に聞いた言葉に頷いて、あたしはお気に入りの赤いハイヒールを履いた。





「ちょっと待ちなさいよ!」

 教えてもらった長距離バスの乗り場、タクシーを降りるなりあたしは叫んだ。

「香織、さん……?」

 あいかわらず地味でぱっとしない灰色のコートに旅行カバンを持った男――不本意には違いないけれど、目下のところあたしの王子様、であるはずの相手――が振り向いた。

 駅前広場の時計を見上げ、乗り込む列に並ぼうとしていた彼は、間抜けに大口を開けて固まっている。

「だから――あたしは今日子だって言ってるでしょうが」

 ムシャクシャしてタバコを吸いたくなるけれど、残念なことにツーピースのスーツと同じオレンジ色のコートには、くしゃっと丸められたカラの箱しか入っていない。
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