抹茶な風に誘われて。~番外編集~
「ありがとうございます……静さん!」

 飛びついてしまってから、自分でも驚いた。一瞬見開かれた瞳と、素直な驚きの表情を見上げてから、あわてて手を引っ込めようとする。

 けれど、一歩遅くて――いつもより数倍増しの魅力的な笑顔で私を腕の中に閉じ込めて、しばらく静さんは離してくれなかったのだった。




「あっ! チョコレート――!」

 ふと壁にかけられたカレンダーを見て思い出した今日の意味。夕食も終え、ノンアルコールのシャンパン片手にソファであれこれ話をしていた私は、急いで鞄を探す。

 さっき案内してくれる時に静さんが持っていたそれは、きちんと部屋の隅に置かれていた。そう、ちょうどオイルヒーターの真横に――。

「と、溶けてる……!」

 あまりの幸せなサプライズの連続に、すっかり忘れてしまっていた大事なチョコレート。悩みに悩んで昨夜作った、抹茶の緑とカカオの茶色が無残にもその境界線を曖昧にしてしまっている。

「何だ? これは」

 ショックで言葉も出ない私の背後から覗き込んだ静さんの疑問。それも仕方がないと思えるほど、その形をなくしてしまった生チョコレートをあきらめきれずに見つめながら、私は小さく答える。

「抹茶とビターの生チョコレート、です……といっても今は、その名残、としか言えないかもしれませんけど――」

 ――せっかく、喜んでもらおうと思ったのに。

 あれだけ考えて、一生懸命作ったはずのチョコレート。その存在さえ忘れてしまっていた自分が悪いとはいえ、こんな状態では贈り物にもならない。悲しすぎて、涙が出そうになるのを必死で堪えた。

「ごめん、なさい。バレンタインデーなのに……本当なら静さんに贈り物する日なのに、私のほうがもらってばっかりで」
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