抹茶な風に誘われて。~番外編集~
「先月ずっと付き合ってた彼氏とケンカ別れしちゃってさあー、ムカつくから、そいつが買ってくれたブランドよりもっと高いの買って、見せびらかしてやろうかなって思って――」

 カールがかった毛先をくるくる指で巻き取りながら話していたバイト仲間――といっても、今日一日、五時から八時までのたった三時間の間だけだ――がピンクのグロスを塗りたくった唇をとがらせる。客への声かけの合間を縫っては、元彼とのあれこれを語り聞かせてくれる彼女に、あたしもしたり顔で頷いてやった。

「わかるわかるー。そういうウサばらしもアリだよねー。あたしもさー、つい最近彼氏と別れたばっかでさあ」

 本当は静先生との一件以来、誰とも付き合ってない。このあたしにしてみれば珍しいフリー期間はゆうに四ヶ月を数えようとしていたけれど、適当な話をでっち上げて合わせることにしたのだ。

「そのアイシャドウ、どこのー? 超可愛い~」

「えーこれはねー」

 なんて全く頭を使わなくてもいいやりとりを交わしながら、あたしはふと思う。

 ――今頃、あの二人イチャつきまくってんだろうなあ……。

 薄暗くなり始めた駅前通りをぼんやり眺めながら、ため息。あの華奢で、オンナノコの見本って感じの親友が、浅黒い腕に抱かれる様子まで想像できちゃったりしてしまったからだ。

「やっぱ、渡せるわけないよね……」

 ふう、と二度目のため息に、「え? 何を何を~?」なんて能天気な声が隣でして、あわてて愛想笑いを浮かべる。

「ううん、何でもない何でもない!」とごまかしても頬が熱くなって、わざとらしく仕事に戻った。

「いらっしゃいませえ~! プティ・プティのチョコレートでハッピーなバレンタインはいかがですかあ? 今ならオープンセールでギフトセットお買い得でえす!」

「バレンタインギフトお買い上げいただいた方にはあ、ご自分用のプティ・ショコラをもれなくプレゼントさせていただきますよお~」

 百パーセント偽物の、スーパーぶりぶり乙女チックボイスとキラキラ笑顔であたしが叫んだ瞬間、店内から店長が出てきたもんだから、あわてたように彼女も叫ぶ。

 突然あたしが張り切ったのも、きっとじろっとチェックの目を走らせる店長の手前仕方なくだと思ってくれたはず――。

 なんとなくほっとしてから、なんでそんなにあせる必要があるのかと自分でつっこんだりして。

 ――そうだよ、単なる義理チョコなんだから。別にいつもの延長で、笑って渡せばよかったのに。
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