抹茶な風に誘われて。~番外編集~
 鞄の中に入れた手を、聞いてもいない音楽を止めたふりしてごまかしたのは、あの瞬間ドキッとしてしまった自分の気持ちに嘘がつけなさそうだったから。

 ふざけて、『義理』とホワイトのチョコペンでデカデカ書いてやったんだし、あれを渡されたところで例のグレーの瞳がゆらぐことなんてあるはずもない。

 それなのにやっぱり渡せなかったのは――ただただ、悔しいから、なのかもしれなかった。

 恋と名のつく気持ちなら、もう何度も経験してきたつもりだった。だけどあの人に対するソレは、今までとは全く違うもので――例えるなら、電気が走ったような、全身がしびれるような、衝撃的な感覚だった。

 あれを本気の恋だと言うのなら、正真正銘初めての想い。でも、いくら訴えたところで冷めた瞳がそれを認めてくれることはなかったし、一度だって喜んでくれることもなかった。

 それもそのはず、あの瞳が唯一燃え滾る想いを宿らせるのは、あたしとは正反対の性格をした、あの少女にだけなのだから――。

「だから、あたしも認めないことにしたんだよ、静先生」

 ぼそっと呟いた言葉は、今度こそ数メートル離れたところにいるバイト仲間ちゃんには届かないようだった。お喋りに気づいた店長が、あたしと彼女を通りの端と端に引き離したからである。これで心置きなく頭を空っぽにさせて、このくだらないバイトに集中できる。あたしにとって、初めて自力で稼ぐお金の使い道に、思いをはせられるというものだ。

 ――そう、あたしは認めない。あれが本気の初恋だったなんてさ。

 きっと、これからあたしにだって自分だけの『王子様』が現れるんだ。街行く女の子たちの目を釘付けにするくらいにイケメンで、それでもあたしだけを見てくれる本物の王子様が。

 だからその時のために、少しでも女の魅力を磨いて待つことにしたんだもんね。

「――あとで後悔したって遅いんだからねっ! この優月ちゃんを振った男は、ぜーんぶ泣くことになるんだから!」

 ひそかにそうもらして、あたしはまた偽物笑顔をはりつけて、恋人や想い人に買うためのチョコを選ぶ女たちを呼び寄せるのだった。
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