抹茶な風に誘われて。~番外編集~
「で? 咲は今日どうするの? バレンタインだし、彼氏と約束あるんでしょ?」

 クッキーを食べ終えたらしい優月にいきなり訊ねられ、あたしは物思いから舞い戻ってきた。優しい瞳で答えを待つかをるちゃんと、興味津々、と顔に書いてある優月。対照的な二人だけれど、今ではとっても大事な親友たち。二人と会えてよかった――照れくさいから言えない気持ちを噛み締めて、頷く。

「うん、まあ、一応ね」

「一応って何よ一応って! んもーっ、咲ってばいっつも自分のことはあんまり話さないんだからっ。バレンタインデートがどうだったかは、ちゃーんと明日話してもらうからね!」

 ぷう、と頬を膨らませてつかみかかってくる優月に笑って、かをるちゃんと困った目配せを交わしているうちに授業開始のチャイムは鳴り、先生が入ってきた。

 あたしがあまり彼氏の話をしないのは、ただ恥ずかしいからだけじゃないんだけど――もちろんそんな詳しい理由まで二人には言えないから、沈黙を守るしかなくて。

 少しだけじれったい気持ちをため息にして、あたしは寒風の吹きすさぶ校庭を横目で見つめる。

 今夜のデートで、その理由である事態が、うまく好転してくれればいいのにな、なんて願いながら。

 泣き笑いのチョコ作戦が繰り広げられているのであろう校内を後にして、あたしは優月とかをるちゃんに手を振った。

 いつもは駅まで一緒に帰るのが日課だけど、今日に限っては別行動。かをるちゃんは静さんとのデート、優月はふてくされながらバイトだと言っていた。

 特に、適当な相手とその場しのぎみたいにイベントを過ごしてきた優月が一人でバイトに精を出すというのだから、ある意味感慨深いものがある。本人にとってはそうじゃないかもしれないけれど――。


「雅浩(まさひろ)、まだかな……」

 軽く唇をとがらせて呟く。ショッピングモールをウロウロして、時間を潰してたどり着いた待ち合わせ場所。そこはあまり人通りの少ないビル街。

 半地下にある喫茶店のいつもの席を目指して、信号待ちをしていた、その時だった。待ち人来る、まさにそんなナイスタイミングで発見した顔。

 伊達メガネに、ニット帽と黒いダウンジャケット。地味そのものだけれど、長身の背中はどこか目を引くもので、二年も見続けてきたからには間違えるはずもない。

 急いで信号を渡り、数メートル先を歩く彼に声をかけようと口を開いた。その瞬間。
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