抹茶な風に誘われて。~番外編集~
 思い出してしまった途端、順調だった歩みが止まった。昔は知らなかった大人の事情もわかる今なら、母親と父親どっちもどっちで、どっちの味方にもなる気になれない。

 だけどあの当時は恨んだりした。あたしを捨てて出て行った母親も、どっかの女と浮気するか、仕事ばっかで家庭を顧みない父親も――。

 じわり、と滲みそうになった涙をあわてて拭う。

「あーやだやだ、ホントにさっさと帰ろうっと」

 無性にイライラして、さっきのバイト代が現金でなかったことに感謝する。あとで口座に振り込むと言われた時は正直拍子抜けした気がしたけど、今手元にあったらパアッと使いたくなっていただろうから。せっかく自力で稼いだお金だ。無駄に使うぐらいなら、あんなに頑張ったりしない。

 ――さあて、何に使おうかな?

 目当ての服を買うか、それとも新作バッグ。ううん、エステもいいかも。
 もちろんこんなスズメの涙程度のバイト代じゃ、全額にはならないけど、少しでも自分で出したってことが大事なのだ。そう、あのクソオヤジの金じゃないところに意義がある。

 頷いて、駅への階段を上りかけた瞬間だった。肩からバッグをかけなおしたその動作で、渡せなかった例のチョコレートと、もう一つの存在を思い出したのだ。

『これ、悪いんだけど渡しておいてくれるかな? 私、バイトが立て込んで渡せそうになくて――』

 ごめんね、と本気で申し訳なさそうに謝って、透明な笑顔であたしを見た相手と一緒に――。

 ――しゃあない。渡すだけ、渡しといてやるか。

 せっかくかをるちゃんが作ったんだし、あとで泣いちゃったりしたら可哀相だしね――。

 数秒迷ったものの、そう結論付けて渋々歩く方向を変えた。先ほどまでバイトしていた洋菓子チェーン店のある大通りとは違う、いかがわしいネオンサインてんこもりの裏通り。

 夜遊びには最適の、イケナイお店の数々が、普通の居酒屋に紛れて立ち並んでいる場所。もちろん、一応高校生のあたしが足を踏み入れて歓迎されるような類の区域じゃない。

 だけど、そこにいるのだ。かをるちゃんが友人と認めた、おそらくは日本一の、ダメダメホストが――。
< 50 / 71 >

この作品をシェア

pagetop