抹茶な風に誘われて。~番外編集~
「こっちよ! 雅」

 突然反対側から響いた大声に、足が止まる。振り向いた雅浩は、驚きもせずその相手を見やる。近くのビルから出てきた声の持ち主――それは、髪の短い大人の女性だった。

「ずっと待ってたんだから。早く早く!」

 慣れたそぶりで手招きをして、親しげに雅浩の背中を押す。その爪に光るパールのマニキュアが、いやに色っぽく感じさせて――あたしはその場で固まっていた。

 頷き、先に立った雅浩がビルの入り口へ姿を消す。後から続いた女性の黒い皮コートが風で翻り、ミニスカートの太ももを見せ付ける。もう片方の手に持っていたタバコを吸いきると、携帯用の吸殻にもみ消してポケットへしまう女性。全ての動作が手馴れていて、雅浩とこうして会うこと自体、初めてでないと感じさせた。

 女性もビルの中へ入っていき、誰もいなくなった通り。街路樹を挟んで、目にした光景を信じることができず、あたしはいつまでもそこに立ち尽くしていた。

 五分が過ぎたのか、十分が過ぎたのか、まったくわからないまま反射的に腕時計を見て、待ち合わせ時間はとっくに過ぎていることに気づく。

 吹き付けてきた風に押されるように、ふらふら歩き始めながらも、自分がどこへ向かっているのか全くわからなかった。


 ――雅浩? 

 いつも無口で、照れ屋で、ぶっきらぼうで――大切な言葉なんて何も口にしない人。一緒にいてもお互い別のことをしてる時だって多かったりもする。

 でも、それでもいいと思ってた。雅浩が一緒にいてくれるだけでそれは、特別な時間に感じられたから。

 みんなの前で見せる顔と、二人きりの時に差があるのは、それが素の雅浩で、あたしにだけ見せてくれてるんだって信じてたのに。

「嘘、だよね……?」

 無意識に首を振り、さっき見た光景を否定する。

 でもいくらかき消そうとしても、鮮やかに目に焼きついた二人の映像は消えてくれなかった。
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