抹茶な風に誘われて。~番外編集~
 ――あんだけデカデカと書いてやったら、勘違いもしないでしょ。

 義理、とわかりやすいあの大文字を見逃すほど、こいつもバカじゃないだろうし、と結論付けて、それでも可愛らしく手を振ってやった。お楽しみはもう少し後で、ってやつだ。

「じゃあ、あたし帰るから」

 改札をくぐりぬけようとしたあたしの声で我に返ったのか、亀元が靴の音を鳴らせて近寄ってくる。

「気をつけろよ」なんて声をかけてきた顔が真剣だったから変にドキドキして――思わず、口を開いていた。

「――名前」

「は?」

「あんたの名前、何ていうの? まさか本名、ヒカルじゃないでしょ?」

 ちゃんと覚えていた源氏名を付け加えたら、ああ、と納得顔で亀元が微笑んだ。普段バカ騒ぎしてる時には見せることのない、優しげな微笑に不覚にも胸が鳴る。

「……淳之介(じゅんのすけ)。言っとくけど――みんなの前で呼ぶなよ? マジで仰々しすぎて、苦手なんだ」

 亀元淳之介――なぜか心の中で繰り返して、照れくさくなる。

 ――みんなの前で、って何よ、それ。そんなのまるで――

 あたしとこいつが特別な関係みたいじゃない、と思ってからあわてて打ち消した。だって、そんなことあり得ない――あり得るわけないんだから。

 そう思うのに、なぜか鼓動はどんどん激しくなって、赤くなりそうな顔に気づかれないように、あたしは「ふうん」と背を向けた。

「じゃーね、淳之介」

 なのに呼んでみたくなったのは、ただ嫌がらせがしたかったんだ。そう、きっとそれだけ――。

 あたしの試みに一瞬抗議しかけた瞳が、手元の包みを見たことで和らぐ。何あいつ、結構本気にしちゃってるんだから、バカみたい……。

 嘲笑ってやるはずが、ぽわんとあったかくなったキモチを持て余して、あたしは思いきり舌を出すことでお別れの挨拶にしたのだ。
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