抹茶な風に誘われて。~番外編集~
「ご、ご飯の支度……が」

「まだいらない」

「……お、お風呂も」

「後でいい」

「……でもまだお仕事が」

「今日は全部終わった」

 全て先回りして、私の恥じらいもかすかな防御もしっかりと崩していく。いつのまにか抱き寄せられて、ついに正面から息がかかるほど顔を近づけられて――目を閉じる。

 まさに唇が触れ合う、寸前。本当に小さな、それでいて無視のできない違和感が二人の邪魔をした。

 まだ蒸し暑さの残る夕方の風に、ざわざわ揺れる裏の竹林。とは逆の方角の、路地に面した垣根の外側から、ソレは聞こえた。いや、既にやってきていた。

「ちーっす、毎度―っ! 今日もおなじみ新製品のお届けでーっす、なんつってー!」

 しつこくどこかで鳴いている蝉の声にも負けない、大音響。カラッと明るい夏空にふさわしい口調で独りごちながら裏戸を開けて入ってきた人物は、金に近い茶髪をあちこちワックスではねさせたお兄さん――もとい、私たちの大切な友人でホストの、亀元さんだった。

 あわてて離れ、恥ずかしすぎて耳まで染まった顔を静さんの背に隠した私には、見えなかったのだ。青筋の立った静さんの額も、恐怖に慄く亀元さんの表情も――。

「わーっ、ちょい待ち! ごめん、悪かったって! 今日はマジでわざとじゃないんだってー!」

 逃げ回る亀元さんの言葉を聞いて、静さんの頬が余計にひきつる。

「――ほう。じゃあいつもはやっぱりわざとだったんだな?」

「――やべ」

 お助けー、なんてふざけて言いながら、亀元さんは私を盾にする。

「ねっ、かをるちゃんに免じて! うまい生菓子もらってきてやったんだからさー、そんなに怒るなって!」

「……あ、あの……静さん? じゃあ急いでお夕飯、準備しちゃいますから。お二人でお茶でも飲んで待ってて下さい。……ね?」

 とんでもない瞬間を見られた羞恥心はさておき、必死な亀元さんが少し気の毒になって、そう頼んでみる。上目遣いに見上げたら、静さんがゆっくりとため息をついた。
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