抹茶な風に誘われて。~番外編集~
「びっくりした……静さん? お風呂入らないんですか?」

 さっき確かに準備ができたことを知らせて、頷いてくれていたから、てっきりお風呂場に向かったと思っていたのだ。それなのに、静さんは背後の壁にもたれ、腕組みをして私を見つめている。

「――かをる」

「……はい?」

 なんだか怖い顔だ、と思った瞬間には、静さんの腕に捕らえられていた。顔だけ振り向いた私を、背中から抱きしめる格好だ。

「きゃ……っ」

 泡のついたお皿をシンクに落としかけ、あわてて掴む。ためてあるお水の中に入れてほっとしたのも束の間、静さんが腕に力を込めた。瞬時に心臓が高鳴る。私の動揺とは裏腹に、静かな低い声がもう一度私を呼んだ。

「お前は、俺の妻になった。そうだったな?」

「……は、はい」

 突然何を言い出すのだろう。そんな思いがそのまま表れているであろう声音。それでも静さんは淡々と続ける。

「お前の高校卒業と同時に籍を入れ、春休みに両家の客を呼んで盛大に式を挙げた。お前の白無垢も色内掛けも、ドレスも素晴らしく綺麗だった。ちなみにハネムーンは俺の母の故郷、イギリスを含むヨーロッパ十日間。あれは本当にいい思い出になった。間違いないな?」

「……静さん?」

 本気で首を傾げた私の耳に、二度目のため息が届く。

「まあ、あの時も半分本気で付いてくるとかなんとか抜かしやがるのを止めたからではあるんだが。仕事の都合もあるし、お前の大学もあるし……さすがに国境はそうそう越えられんから仕方ないにしろ、だ」

「……はあ」

 困り顔で相槌を打つ私。低い声で独り言のように話し続ける静さん。両者の間に存在する微妙なズレは、密着しすぎている距離のせいで私にはわからなかった。どぎまぎしてしまって、それどころじゃないのだ。

「どう考えてもやっぱりひどい。ひどすぎるぞお前は。俺の言ってる意味がわかるか? かをる」

「えっ? わ、私ですか? 何が……?」

 いきなりの結論に、おろおろしながら問いかける。そこで、三度目のため息が聞こえた。


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