抹茶な風に誘われて。~番外編集~
 逃げようとしても、からめとられる。躊躇するのに、気づけば翻弄されている。胸の鼓動はどんどん速まって、触れ合う肌も熱く感じる。呼吸が乱れて、息が苦しい。頭の後ろがぼうっとして、何も考えられなくなる。

 それなのに――必死でしがみつく手の力だけが、強くなって。

 倒れそうになりながらキスを受けていた私は、ふいに唇を離されたことで目を開けた。

「……まだ、違うと言いたいか?」

 問いが、先ほどの会話につながるものだとわかるまで、数秒かかった。自分でもわかるくらいに頬を赤くして、瞳を潤ませて、静さんにしがみついていて――そんな状態で、答えられるわけがなかった。

「静さんの、意地悪……」

 唇を噛んで俯いた。恥ずかしくて恥ずかしくて、とても顔を上げてなんていられないから。それなのに、静さんの満足げな微笑は追いかけるように覗き込んでくる。

「お前がまだ違うと言うなら、今夜はここでやめておこう。妻の意思を尊重するのも、夫の役目だからな」

 心にもないことをさらりと言ってのける。このポーカーフェイスは尊敬に値するものだと思いながら、私は必死で睨みつけた。

 こんな風にからかわれるのはいつものことだったけれど、よっぽどご立腹だったのか、今夜は更に意地が悪い。大人なくせに、子供みたいに勝ち誇ったような顔をしているのだから。

「……ん? どうしたい? 可愛い奥さん」

 むうっと頬を膨らませていた私は、珍しく、本当に珍しく、対抗心を燃やした。いつもいつもからかわれっぱなしでいられない、なんて。そこで、咄嗟に思いついたことをしてみた。平常心なら、とてもできるはずのないことを。

「じゃあ、静さんにもお仕置きです」

 私の言葉に、グレーの瞳が見開かれる。驚きは、すぐに楽しげな色に変わった。

「へえ――なぜ俺が?」

「だ、だって静さんが今日のことで怒るなら……私にも言いたいことがあるんですもの」

 何だ、と眼差しだけで訊ねられる。まだ胸はドキドキしていて、体の熱もほてりも冷めていない。けれど、負けたくないという一心で私は続けた。
< 69 / 71 >

この作品をシェア

pagetop