雫－シズク－

「俺にとっちゃここは天国だったよ。それまでまともに食ってなかったし、着る物だって冬に長袖のシャツ一枚でさ。寝る場所は台所の床で布団もなかった。今考えたらよく生きてたなって思うよな」


また静かに笑う葵さんに僕は思い切って聞いてみた。


「……お母さんとは会ってるんですか？」


僕の方を見てくいっと首を横にかたむけた葵さんが、口のはしだけにっと上げる。


「ここに来てすぐの一回だけな。あとはたまに電話で話すくらい。あんな母親、普通会いたくねぇよ」


「……そうなんですか。でも、どうしてそんなひどいこと……」


葵さんがさぁ？と言って少しだまったあと、手に持っていたマンガをぱらぱらめくった。


「きっと邪魔だったんだよ。そんなら産むんじゃねぇよってこっちが言いてぇよな。勝手に産んどいて理由もなくボコボコだぜ？マジたまんねぇよ」