雫-シズク-
「そんな……、葵さんのせいじゃないよ。葵さんが謝ることないって」


なんとか明るく返事をしようとしたけど、喋るだけで痛い口元を歪ませるばかりだ。


そのままお互い無言で視線を落としていたら、太ももに両肘を付いて前かがみになった葵さんが俺に声をかけた。


「……怖かったろ?」


そんな言葉を言われると思っていなかった俺は、驚いて葵さんの顔を見たあとすぐにそっぽを向いた。


葵さんのたった一言で、酷く優しく聞こえたその一言で、俺の感情はいとも簡単にダムみたいに決壊したからだ。


自分の力では止められないくらいがくがくと震え出す体を動く右腕でぎゅっと押さえ付ける。


馬鹿みたいに流れてくる涙が、いくつもの線になって枕に吸い込まれた。


「うぅっ、ぐっ……」


そしていくら食いしばっても口からもれてしまう情けない声を止める力は、俺にはもう残っていなかった。


< 164 / 347 >

この作品をシェア

pagetop