雫-シズク-
おろおろと慌てる俺に俯いた葵さんが静かに首を横に振った。


「……来週には迎えに来るって。自分らの都合を押し付けるだけで俺の話なんか全然聞きゃしねぇよ」


俺は葵さんの腕をつかみながらじっと机を見下ろす横顔を呆然と見つめた。


うそ、だ。葵さんがいなくなるなんてありえない。離れるなんてありえない。


握る力が無意識に強くなって、拳が小刻みに震えだす。


「……ねぇ、なんとかならないの?」


そんな俺の小さな言葉は、目の前の透明な空気に吸い込まれるようにはかなく消えていった。


「……おい、泣くな」


葵さんがぼそりと言ったその一言で、自分の頬をぽろぽろと流れる涙に気付く。


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